“おやま”という地名が平安時代の「和名抄」(倭名類聚鈔わみょうるいじゅうしょう ともいう 承平年間931-938の成立 日本の国郡郷駅などの地名を記載している辞書のこと)で下野国都賀郡の11郷の1つとして紹介されているのが歴史上初めてです。その由来は、思川(おもいがわ)西部の低地から見ると東部の台地が小さな山の形をしていることからといわれています。
小山市には史跡がたくさんあり、発表会に来られる前にいろいろなHPで調べておくと、興味深いと思います。前方後円墳などの古墳もありますし、城跡もたくさんあります。自然散歩道「歴史の道」というのもあるそうです。イラストマップを観光案内所などでいただいて見てください。
小山は鎌倉時代から戦国時代では、小山氏(下野国の守護や鎌倉幕府の評定衆)の本拠地となったところです。鷲城跡や祗園城跡は、空堀や土塁で区画された中世城館の面影を今日に伝えています。江戸時代初期は、本多正純が小山城主となり、転封後に廃城となります。城跡は、徳川将軍家の日光社参の休憩所となる小山御殿が造営されたようです(城山公園周辺は桜の名所としても有名です)。その後、日光街道の中で佐野・栃木・結城・壬生の各方面への脇道が分岐する宿場町として賑わいをみせたり、内陸水路としての思川の河岸も栄えたそうです。明治以降になると、東北本線・両毛線・水戸線が開業し、物資の集散地として発展をとげ、明治22年に町村制が施行され、小山・間々田・生井・大谷・穂積・寒川・中・豊田・桑・絹の10町・村が誕生しました。昭和29年に小山町と大谷村が合併して小山市が誕生し、以後周辺の町村を合併し昭和40年に現在の小山市となりました。
CMでも有名な「小山ゆうえんち」内には小山温泉思川が2002年8月にオープンしました。露天風呂や打たせ湯、源泉湯、足湯などの湯が楽しめます。時間があれば、発表会が終わった後に、ゆうえんちで遊んだり(?)温泉につかったりしてみてはいかがでしょうか。
いやいや本当に、調べ出すときりがない感じですね。詳しくは小山市在住の会員の方々に詳しく聞いたり、町を散策してみてください。夜でなく明るいときに・・・
小山市のHP http://www.city.oyama.tochigi.jp/のリンクには、関東能開大が昔の名前(小山職業能力開発短期大学校)でリンクされていますし、その他必要な情報は網羅されているようです。 |