材料力学物語
―第1話 力学事始め
 
 
 材料力学は力学に他なりません.それにしても,そもそも力学とはどういうものでしょう.力の学問? これでは「寒冷前線の活動が活発になり……」と同じくらい不可解な説明です(前線の何が活発なのだろうか?).ところが案外力学の教科書にはそれが見当たりません.その多くのはじまりは質点やベクトルであったり,あるいは速度・加速度だったりします.もう少し探してみましょう.ようやく発見――.「物質の運動およびその運動をひきおこす力を研究するもの」とありました.どうも分かっている人なら読んでその巧さが分かるのでしょうが,初めての人にとっては果たしてどんなものでしょう?
 それでは、この説明を手掛かりに,まず「力学」に対する理解を掘り下げていくことにしましょう.
 
 
 
 
■1−1 〈力学〉とは何か?
 
 力学は「物質の運動およびその運動をひきおこす力を研究するもの」であるというのですが,これを解釈するキーポイントは,力が原因となり,運動(動き)が結果となるということです.つまり「力学」とは,〈物体〉を対象にした〈力〉と〈運動〉の因果関係を体系化した学問(知識)ということとして捉えられるでしょう.
 改めて言い直す必要もありませんが,「力学」では,〈物体〉が対象物で,それを挟んで〈力〉が原因あるいは入力,〈運動〉が結果あるいは出力(応答)になるということです.もちろん逆に,ある運動を起こしている力を究明するという原因究明の逆問題もこの意味に含まれています.以上のことを図式的に整理すれば,図1.1のようになります.
 
 
 
 ところで「力」を加えると,物体は真っ直ぐ動いたりあるいは回転したりします.そのことをよく観察すると力の加わり方に、何通りかの違いのあることが分かります.
 一方「物体」の方も,野球のボールのようなものから,棒状のもの,ゴム製の曲がりやすいもの,水のように流れてしまうものなど様々です.実は様々なようでもうまく分類すると幾つかにまとめることができるのですが――.
 そして「運動」もまた真っ直ぐ運動したり曲線的に動いたりとその形態は様々です.
 そこで以下に,今述べた力学を構成する基本概念である〈力〉,〈運動〉,〈物体〉の中身について分析してみることにしましょう.
 
 
 
 
■1−2 力学を構成する基本概念〈物体〉と〈運動〉
 
 まず,力学を構成する基本概念〈力〉,〈物体〉,〈運動〉のうち,まず現象として観察できる〈物体〉および〈運動〉について分析してみることにします.
 
(1)物体
 一口に〈物体〉といっても詳しく見てみると奥深いものがあります.力学は“物体に作用する力と運動の関係を論ずる学問”ですが,物体はその対象となるものでした.いってみれば,物体は力学という調理器具で調理される食材のようなものといえるでしょう.そこで今から力学で調理される食材,すなわち物体にはどのような種類があるのかを見てみましょう.
 じれったいので結論からいえば次のようなことです.
 
 
 いまほどの力学的物体としての3つの形態を、階層的な図で表せば図1.2のようになります.
 
図1.2 力学的物体の種類と階層
 
 つまり,質点は剛体の特別な場合であり,その剛体は連続体の特別な場合です.したがって,質点もまた連続体の特別な場合ということになります.
 ではどうしてこのようなうまい分類ができたのでしょうか.それは運動の分類と深く関わっているのです.
 
(2)運動
 運動には直線的な運動や回転などの形態があることは既にご存じの通りですが,しかしそもそも何を見て直線運動か回転運動かを判断するのでしょうか.つまり運動を表す量は何かということです.
 
 
 つまりその幾何学量とは次の通りです.
 
 
 したがって,上記の幾何学量の時間的変化として〈運動〉は理解されるのです.
 
(3)〈物体〉と〈運動〉つながり
 このように分類した〈幾何学量の種類〉に基づいて,〈物体の種類〉が決まってきます.すなわち下表のような関係です.表中の◎印はその物体をもっとも特徴づけている量を表しています.
 
1.1 物体の種類と運動
   質点  剛体 連続体
位置の変化(直進運動)   ◎   ○   ○
姿勢の変化(回転運動)   ×   ◎   ○
 形の変化(変 形)   ×   ×   ◎
 
 すなわち姿勢の変化は剛体特有の運動で,質点には考えられない運動です.また,連続体には位置の変化や姿勢の変化は当然認められるのですが,それよりも伸びたり縮んだり,あるいはずれたり反ったりという形状の変化の方が連続体の中心話題になるのです.
 もしある物体について「質点として考える」と断れば,それはすなわち姿勢の変化や形の変化は無視するという意味の表明となります.
 
 
 
 
■1−3 力学を構成するもう一つの基本概念〈力〉
 
 つぎに,運動の原因となる力について分析してみましょう.力によって物体は直線的に動いたり,曲線的に動いたりします.したがってその分類に当たっては,運動の状態と照らし合わせながら総合的に分析することが適切です.そしてその結果は次のようなものになります.
 
 
 直進運動の原因として〈力〉を、回転運動の原因として〈力のモーメント〉を考え力を分類します。ここで,「力」のうち,物体が回転運動するような作用を〈力のモーメント〉(後述)と呼んで力とは別個なものとして考えるます.〈力のモーメント〉といっても元を正せば直進運動を引き起こす力を離れてあるわけではありませんが,しかし,結果として起こる現象が直進運動となるものではないことから,別個に考えることにするのです.
 
 
   一方,直線運動や回転運動の原因として「力」が分類されていますが、変形の原因としての何かが与えられていないことに気づきます.しかし結局変形は,力と力のモーメントによって起きるのです.なぜなら,変形とは物体上におかれた座標系での物質粒子の直進・回転運動に他ならないからです.
 
 
 
 
 
■1−4 力学の概念図
 
 以上の分析をふまえて図1.1をさらに詳しく図式化し,力学の概念構造を明らかにすれば図1.3のようになります.
 
 
 この図に到達して,ようやく「力学は物質の運動およびその運動をひきおこす力を研究するものである」というこのファン先生の説明(『連続体の力学入門』、Y.C.ファン、培風館)もようやく納得できたような気がしますが,いかがでしょうか.
 
 さてここまで,力のモーメントについて詳しい説明はとばして話を進めてきましたが,改めて力のモーメントについて解説してみます.
 
 
 
 
■1−5 力のモーメント
 
 回転軸の中心に取り付けられた長さ L のレバーに垂直な力 F を加えて軸を回すことを考えます(右図参照).このとき,軸を回転させようとする作用,すなわち力のモーメント M は次のように定義されます. 
(力のモーメント) =(腕に直角な力)×(腕の長さ)
 
   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(1-1)
 

 
 
 
 
 
 
 
 
予告編 材料力学の位置づけ
 〈材料力学〉が扱う問題といえば,主に変形する固体(弾性体)の形状変化とそれに及ぼす静的な力との関係についてである.すなわち,材料力学において対象となる物体は連続体であり,運動状態はもっぱら速度0の運動,すなわち静止状態の変形を前提にしている.その変形も微小変形を想定していて大変形は考えていない.このような知識は構造物の強度を判定する場合に用いられる.
 
 
 (つづく)