熱力学物語
―第1話 熱力学事始め
熱力学は目に見えない熱を扱うことから,数学的手法を用いて説明されるため,抽象的で分かりにくいと言われています.熱力学の活躍するフィールドは生命活動からものづくりまでの多岐に渡っています.熱力学は一冊の本になるくらいの内容を含んでいます.それらの内容を全て記憶する必要はありません.記憶に頼って,実用上の問題を解決しようとすると,間違ったとんでもない結果を導く可能性があります.それを避けるためには重要ないくつかの原理・原則や法則をしっかり理解すれば多くの基本的な結果(公式)は比較的容易に導くことができ,理解することができます.記憶しておくべき原理・原則や法則の数はほんの少しです.それらの主なものは熱力学の第一法則(エネルギー保存則),熱力学の第二法則,状態方程式などです.
それでは,「熱力学とは何か?」から初め,記憶しておくべき原理・原則や法則を分かりやすく説明し,基本的な公式の導出を平易に解説していくことにしましょう.
■1−1 〈熱力学〉とは何か?
熱力学は「自然界から得られる熱エネルギーから如何にして動力を取り出すか」あるいは「動力を供給することにより如何にして低温状態を生み出すか」といった熱と動力に関する学問であると定義されます.具体例としてはピストンとシリンダで構成されるガソリンエンジンが考えられます.まず,シリンダ内に少量のガソリンと空気の混合気が吸入されます.この混合気が火花点火によって燃焼し,その結果生じた高温・高圧の燃焼ガスがピストンを押すことによって車を動かす動力を発生しています.この場合のシリンダ内の混合気や燃焼ガスを熱力学では〈系〉と呼んでいます.また,ピストンに仕事を加えて,〈系〉であるガスを圧縮した後に,膨張させるときに周辺から熱を奪い,周辺に低温状態を作り出すこともできます.
「熱力学」では,〈系〉であるガスが対象物で,その〈系〉に〈熱〉が入ることによって,〈仕事〉が〈系〉から外に取り出されること(ガソリンエンジンの動作概念)や,〈仕事〉が〈系〉に入ることによって,〈熱〉が〈系〉に取り込まれること(冷蔵庫の動作概念)を扱います.以上のことを図式的に整理すれば,図1.1のようになります.
■1−2 〈温度〉と〈熱〉
熱力学を構成する基本概念として,〈温度〉,〈熱量〉および〈比熱〉を理解しておく必要があります.以下にそれらの基本概念を説明しましょう.
(1)温 度
沸騰したお湯を洗面器に入れて顔を洗うとき、水道水を入れて適温のお湯にします.これは水を入れることにより熱が薄められることを意味しています.すなわち,熱の密度が高いか低いかを定量的に表す物理量が〈温度〉で,〈温度計〉により測定されます.一般的な〈温度計〉の目盛は純水の標準大気圧(760 mmHg,1,013 hPa)下における氷点と沸点の二つの基準点間の100分の一を1℃とし,これが摂氏温度目盛です.この温度目盛のほかに英国・米国で使用されている華氏温度目盛があります.摂氏温度目盛t [℃]と華氏温度目盛tF [。F]との間には以下の関係があります.
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t = ―(tF −32) [℃] (1.1)
9
9
tF = ― t +32 [。F] (1.2)
5
熱力学では,絶対零度を基準とした絶対温度を使います.絶対零度は摂氏温度で表すと−273.15 ℃で,華氏温度で表すと−459.67 。Fで,これ以下の低温は存在しません.したがって,絶対温度はそれぞれ次の関係で表すことができます.
T = t +273.15 [K] (1.3)
TF = tF +459.67
[R] (1.4)
ここに,単位のKはケルビン(Kelvin),Rはランキン(Rankine)です.
(2)熱 量
〈熱〉は,エネルギーの一種であり,境界内部に蓄積されるエネルギーは〈内部エネルギー〉と呼ばれています.〈熱量〉は以下のように定義されています.
「標準気圧の下で,1 kgの純水を14.5 ℃から15.5 ℃まで1 ℃だけ温度上昇させるのに必要な熱量は1 kcalである.」あるいは「標準気圧の下で,
1 lb(ポンド)の純水を1。Fだけ温度上昇させるのに必要な熱量は1 BTU(British thermal unit =0.252kcal)である.」
ジュールは,実験的に,動きを伴い目に見える〈仕事〉あるいは〈力学的エネルギー〉が,目に見えない〈熱〉に変わることを見いだし,熱の仕事当量を求めています.すなわち,
1 kcal=4.187 kJ
(3)比熱と熱容量
1 kgの物体の温度を1 ℃上昇させるのに必要な熱量が比熱です.図1.2に示されるように,質量m [kg] の物体に熱量ΔQ [kJ]が流入したとき,物体の温度がΔT [K]だけ上昇したとすると,以下の関係が成立することが知られています.
ΔQ =cmΔT (1.5)
ここに,cが比熱で,この式は次のように書き換えられます.
ΔQ
c = ――― [kJ/(kg・K)] (1.6)
mΔT
固体や液体の比熱は圧力によってほとんど変化しませんが,気体の比熱は圧力を一定にした場合(容積は変化する)と容積を一定にした場合(圧力は変化する)では異なる値を取ります.圧力を一定にした場合および容積を一定にした場合の比熱をそれぞれ定圧比熱,定積比熱と呼び,それぞれcp,cvで表すことにしています.
(4)顕熱と潜熱
物体は個体,液体,気体といった形態を取りますが,この形態を相(固相,液相,気相)と称し,各相間の変化を相変化と呼んでいます.具体的に,相変化とは熱を加えることによって氷が解けて水になったり,水が沸騰して水蒸気になる現象のことです.
物体に熱が加わると相変化を伴わない場合には物体の温度上昇が現れます.このように温度変化で熱量が分かる内部エネルギーを顕熱と呼んでいます.一方,相変化を伴う場合は温度変化が見られません.このような内部エネルギーを潜熱と呼んでいます.
(5)熱平衡
温度の異なる物体を接触させると温度の高い物体から温度の低い物体へ熱の移動が起こり,無限に時間が経過すると両物体の温度は同一となると考えられます.この状態が熱平衡の状態です.これは熱力学において重要な法則の一つであるとして,熱力学の第一法則・第二法則に準じて,熱力学の第零法則と呼ばれています.
予告編 熱力学の位置づけ
〈熱力学〉が扱う問題といえば,主として,熱を〈系〉に加えると〈系〉が外部に〈仕事〉をすることおよび逆に〈仕事〉を〈系〉に加えると〈系〉が外部から〈熱〉を取り込むことに関連しています.〈熱力学〉における〈仕事〉について考えてゆくことにしよう.
(つづく)
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